二律背反
君にも人並みに、夜を寂しく思ったことがあったろうか。
街灯の切れかかった灯りの下で白い息を吐ききって帰路を急いで。
遠くから聞こえる電車の音に後ろ髪引かれながら寒さを仰いで。
空を見上げたら星が遠くて、だけど届きそうだなんて訳のわからないことを思いながら。
落っこちてきそうなものさえ見当たらずにいるけれど。
君にも人並みに、そんな夜こそ人を愛しく思うことがあったろうか。
君の見ている景色に嫉妬する。
嫉妬しなくていいものにでさえ、じっとりとチリチリ音がする。
偶然隣に居合わせた人、金に物を言わす住人、君の心臓を買いに来る輩、寂しさの街、煙草の煙、夜、その光が映し出す香り、靴音。
生きている世界が違過ぎて、私の中の何かが燻る。
ましてその女々しさで凍えてる。
ジリジリと胸焦がれる。
アルコールの匂いに負けそうだ。
食べたものをすぐに吐き出す、ぺっ、て、気持ち悪い、すごく、生きている感じが。
致命傷の一歩手前で救い出すその手。
だからいつも瀕死、生かさず殺さず。
いっそ自殺できたらな、しないけど。
とてもとても、寒い日の夜明け。
消えてしまおうか、手放してしまおうか。
鳴らない携帯電話を前に、僕はただ、絶望したかった。