私は母にはなれない
急ブレーキを途端にかけたときに制する左腕。
自転車は得意ではなかった。
毎日送られてくる一文。
冷凍食品の味が不味い。
花壇の花にはいつ水をやってるのか知らない。
いつものメニューにレシピなどなかった。
私はニュースを見ない。
一人暮らしをするまで物の物価など知らぬも同然だった。
手紙は未だに実家に届く。
食器の数は同じものが3つ4つあったはず。
一人で住むには広すぎる間取り。
泣き腫らすには十分過ぎる。
正解と正しさは似て非なるものだ。
たった一回の殴られた記憶は鮮明なくせに、当たり前の事ほど不鮮明だ。
その、たった一回きりで。
同様に、追い詰められているのだと、知ったのはこの歳になってからだ。
私は、母にはなれない。
命があまりにも、 過ぎるから。