脳がない!

カリソメの体でしか生み出せないものたち

サボテンの花

レシートの裏に走り書きされた「牛乳、卵」の文字。

598円相当の愛情。

干された洗濯物ごとカーテンが揺れていた。

不器用なりのサボテンの育て方。

水だって腐るってことを知らないみたいに置かれたペットボトル。

かつて花瓶だったそれにはパスタが生けられていた。

増えた歯ブラシの分だけできた小さな傷。

大事なのは明日回収のゴミの種類。

グラスの中の氷が溶けるまでに交わされた会話は二言三言だった。

その間に私は、年下に師を持つことの大変さと難しさを熱弁していた年下の別の横顔を思い出していた。

流れに沿って歩いていれば、下を向いていたって誰にも当たらないからベルトコンベアーの部品みたい、って通勤ラッシュを逆走していた遠のく君は、雑踏に紛れた。

私はそれを見つけられないままに踵を返した。

きっと、同じ窯の飯をずっと食っていく、ような確信。

それとなく窮屈に思えて、こうして何かしらの未来への約束をしていくみたいな、ちょっとだけ老けた気がして退屈だった。

君に、尊敬を持って、私は花を添える。

溶けた氷をずっとかき混ぜるみたいに、途方もなく。

ド底辺ボーイ

頼んでもないのに期待して、勝手にショックを受けたなどとほざいて、挙げ句の果てには押し付けがましく被害を説いていた。

虚像なんて愛には及ばない。

動画広告のほんの数秒すら待てない、垂れ流しの個人情報。

遡っても全部同じ角度のロボットみたい。

どうしようもなく人間らしくても実に結構ではないか。

微々たるズレを大袈裟に介抱するなら七面鳥でも丸焼きにして。

汚れたナプキンはその写真には映らせない慣れない手付き。

彩ったシャンデリアに夜の有象無象を見る様にでもなったか。

私は君の下腹部なんて知らないし、肥えた味覚や脂肪にも興味がない。

理想なんて夢見てないで、拳一つで目を醒ませ。

ここにはいない、素っぴんで綺麗でなんていられるものか。

ヒールの高さは決して君の価値ではないさ。

ファッションに踊らされてるトゥシューズ

雑菌だらけの床と仲良くしてても誰も助けないもの。

生成AI

大事に保管しておいたつもりだった言の葉たちは、実のところ浮遊していて次の日には泡になっていた。

人間の記憶力の曖昧さはもう少し見直されればいいと思うよ創設者。

それともそれだけ悲しみに柔く忘れる事を覚えたか。

 

記憶領域を体外に増設している怠惰を本末転倒だと仰った。

当事者でないと高を括っていた、つい最近まで。

混和させたプログラムで不可解を解読して蓄積している髄の数。

正直でいるより、偽り貫く方が楽ね。

まったくお頼み申し上げて生成された無難で許されてしまうもの。

馴染みましょう、時代錯誤もいいところ。

忘れましょう、君のちっぽけな脳みそで出来ることなんてこれっぽっち。

全部まるめていきましょう。

君の個性なんて取るに足らないもの。

夜爪

爪切りを探していた。

散らかった部屋でその小さな一つを見つけるには、引き出しの中身をすべてひっくり返す必要があった。

小さいことで、多分これは悲しいとかそういう類の感情で、頭の中を蔓延して、でもそれらがどこから来ているのか分からなかったし、故にそれを脱する術も持ち合わせていなかった。

パチン、と静寂を切り裂く音。

送られてきた野菜を腐らせただとか、長年愛用していた皿を割っただとか、丁寧に積み重ねた洗濯物を倒しただとか。

小さいことで、そこに留まっている愛だの情だのを無下にしているようで、やるせなくなる。

昔見たヤクザ映画の主人公に憧れた。

好きになるのはヒーローよりヴィランの方だった。

人生捨てたような顔して歩く不良ぶってた先輩の真似をしても決して似合わないのに、そうしてぶっているだけで何となく、私もそこに居合わせていてもいい様な気がしていた。

何かが欠落している人間の方が魅力的に感じられるのは、何故だろうか。

切り始めた爪の一部は身から出た錆のように山を作る。

残念そうな顔を、させるのが怖かった。

心底嫌っていても、恐らく子供は親を愛する生き物なのだと理解してしまう。

真っ当に、きっと正しく生きている人に、なりたかったわけでもなろうとしてた訳でもなく、悲しい顔を見たくないだけの水準で良し悪しを測り、それでも横目で禁止されてる携帯電話を弄るギャルを見ていた。

ダメですと言われている事を、何事でもないように平気でやってのけるのが、酷く羨ましかった。

だのに浅はかにそれに手を伸ばすこともせず、私は未だに叱られるのも落胆されるのも、平気な顔して怖いと思っている。

良いとも悪いとも思わない、ただつまらなさだけを抱えて、自分の手元に残っただけの事象を見つめて、正解である自覚があるからこそ、他の何者にもなれない事を指し示していて、暫く凹んでいた。

夜爪は悪いものを引き寄せるから良くないって聞いて、静寂の夜、私は爪を切るようにしている。

因果応報

白い眼の中心で、冷や冷やしているのは凡そ吐き散らした暴言を掬った人間のみで、私はというと、それを知っていながら至って冷静に笑っていた。

誰も彼もから好かれる訳ではないから、一握りの好きでいてくれる人に対しては真摯でいたいだけのつもりであった。

グラスを傾けて満杯の水を零したのは、或いは茶番だったか。

マッチの先の炎を煙が立つまで黙っていたのは、或いは策士だったか。

妬み嫉みなどを愚痴愚痴垂らすなら、その土俵にまず立ってからにしろと言わなかっただけ賢かった。

だけれどそれ以上に他人は他人に対してそもそも興味がないのだから、小さい感情より建前を選んだことを、果たして褒めるべきか恥じ入るべきか、私には忖度出来ずにいる。

何かを手解きするくらいなら、強引くらいの態度で威嚇でもなんでも、自我を通した方が、例えその場しのぎだとしても、稀に気持ち悪いくらいに押し通せたりする事が幾分腹立たしかった。

そういうような消極的事象を頭の奥隅に押しやってみても、戸棚が緩んで溢れ出てしまう、まして立ち入り禁止の文字に対するカリギュラ効果が邪魔してその戸棚の前を気付くと行き来している。

誰が言い出したか、他人が忘れている事を自分ばかりが覚えている事はままあって、それらは自らの悲観を温床にして張っていることが大部分であった。

あれはなんだ、これはどうした、非難ばかり木霊しても振り払えないのは根詰まりがあるからか、果たして因果応報と言うべきか否か。

甘んじて軽んじて、大層なことでもないように言霊頼りに大袈裟なツラして大口叩いているのは、理想の極地で大したことないと悟られたくないからだ。

零れた水はグラスには戻らないし、燃え尽きたマッチに火をつけても灯らないから、不可逆的なものに抗うのを諦めて、意図してグラスを落として割った。

月並み

満身創痍で100%の悪意を以て、 憎めた方が少なくとも優しかった、 中途半端に良心なんてものを置いてしまっているから傷ついた顔ひ とつ受理されない。

年齢だとか、性別だとかで、 許されたり許されなかったりすることに対して、 酷く恨めしいと思いながら、甘ったれている、 皿に盛られた耽美な毒のよう、 そこに置かれたら食べなければならない、 艶やかな色彩に美味しそうなんて漏らさなければならない、 客観的な目線を否応無しに享受するしかない、純真な差別。

価値や魅力諸々を経時的なものだとか、 意思思考と無関係なものだとかで定めてしまうのは、 何と安直で安価なことか、そんなものを赦すな。

捨てられた子犬のような顔で雨に打たれたところで、 鬱蒼とした醜さでは見向きだってされない、 だから言ったじゃないか、私には不釣り合いであると、 それらは自身には救えないものたちであった。

冷ややかなもの、他人だからどうでもいいと言った情と情の隙間、 見えている色が違うから、好き勝手出来るとは良く言ったものよ。

俯瞰

意気込んでいた事象や、待ち望んでいた出来事が、過去になる度に少しずつ死んでゆく心臓。

どれくらい削り取られれば、“私は何者か”を形成できるのか。

未だにその削り華を崩れないように忘れないように、穴の空いた思い出の木箱に入れ続けているというのに。

寂しいとか悔しいとか思ったところで、それらを手探りでひっくり返している内に底から抜けていってしまう、元から永遠なんかを想定して作られていないこの躯。

 

意志と無関係な事象で手放さなくてはならなくなるのを恐れて、だったら自らの意思で終わらせようとする愛情の裏返し。

大きすぎてしまうと逃げたくなって、その癖それらがいつまでも逃げようとする私を追いかけてきて力尽くで捕まえてくるのを望んでいたりもする。

意志と背叛している態度をそのままに、嫌だ嫌だと言い喚き続けている。

しっぺ返しにあったら手先の力も入らぬ癖に、それでも許してくれるという確信に対する過度の甘えである。

何者でもなかった私という物質が、ここで生を全うしていることで奇跡を見た気になって、やりたい事とやらねばならぬ事の相違にずっとこの身を割いている。