夜爪
爪切りを探していた。
散らかった部屋でその小さな一つを見つけるには、引き出しの中身をすべてひっくり返す必要があった。
小さいことで、多分これは悲しいとかそういう類の感情で、頭の中を蔓延して、でもそれらがどこから来ているのか分からなかったし、故にそれを脱する術も持ち合わせていなかった。
パチン、と静寂を切り裂く音。
送られてきた野菜を腐らせただとか、長年愛用していた皿を割っただとか、丁寧に積み重ねた洗濯物を倒しただとか。
小さいことで、そこに留まっている愛だの情だのを無下にしているようで、やるせなくなる。
昔見たヤクザ映画の主人公に憧れた。
好きになるのはヒーローよりヴィランの方だった。
人生捨てたような顔して歩く不良ぶってた先輩の真似をしても決して似合わないのに、そうしてぶっているだけで何となく、私もそこに居合わせていてもいい様な気がしていた。
何かが欠落している人間の方が魅力的に感じられるのは、何故だろうか。
切り始めた爪の一部は身から出た錆のように山を作る。
残念そうな顔を、させるのが怖かった。
心底嫌っていても、恐らく子供は親を愛する生き物なのだと理解してしまう。
真っ当に、きっと正しく生きている人に、なりたかったわけでもなろうとしてた訳でもなく、悲しい顔を見たくないだけの水準で良し悪しを測り、それでも横目で禁止されてる携帯電話を弄るギャルを見ていた。
ダメですと言われている事を、何事でもないように平気でやってのけるのが、酷く羨ましかった。
だのに浅はかにそれに手を伸ばすこともせず、私は未だに叱られるのも落胆されるのも、平気な顔して怖いと思っている。
良いとも悪いとも思わない、ただつまらなさだけを抱えて、自分の手元に残っただけの事象を見つめて、正解である自覚があるからこそ、他の何者にもなれない事を指し示していて、暫く凹んでいた。
夜爪は悪いものを引き寄せるから良くないって聞いて、静寂の夜、私は爪を切るようにしている。